概念と観念: クルド人

 

 

The truth is rarely pure and never simple.

           

 

 

                                                                         -Oscar Wilde

 

 

 

 

 

真実はほとんど純粋にならず、絶対に単純ではない。

 

 

                    -オスカー・ワイルド

 

 

 

 

 

クルド人に関してトルコ(特に南東部)に行く方は知っておくべきことだと思うので
私の知っていることをお話ししたいと思います。

ただ繊細な情報なだけに、数回に分けて、それぞれ異なる視点から丁寧に説明していきたいと思います。

そのため、クルドに関する記事を読む方は可能であれば他のクルドに関する記事も読んでいただければと思います。

 

 

 前置きをするとクルド人に対する見解は様々あります。

また、公の統計等も存在していないため、必ずしも正確な情報ではない(推定の情報)を含むということを認識してください。

 

 

カテゴライズするのはあまり好きではありませんが、一般的にクルドの人々は独立心が強いと考えれています。
そんな彼らの話の第2弾です。

 

 

 

ハサンケフ(トルコ南東部)、トルコ

 

 

 

はじめに、多くのクルド人は概してとても温厚であることをみなさんは知らなければなりません。それはイラクでも同様で元JAICA職員の方はクルド人地域は安全だと言っているほどでした。そんな彼らがなぜ、一般の人々に危険な人々と認識されるようになってしまったのでしょう。

 

 

 

PKKの存在

国際情勢に詳しい方々は耳にしたことがあるかもしれません。
(今は事実上解散されましたが)PKK(ペーケーケー)などの(当時日本政府の認識としては)過激な組織も存在し、時にゲリラ戦などを起こしていた事実があります。
また、PKKはトルコでは「ペーカーカー」ともいいますが、これはトルコ語読みでクルド人的にこの呼び方は間違えであり、失礼にあたるのだそう。

 


●トルコ国内におけるクルド人の印象

トルコ国内におけるクルド人の印象は必ずしも好意的なものではありません。
上記にあるような、ゲリラなどの報道等がありそれをよく耳にする人々にはあまり良い印象が残ってないそうです。また、クルドの中でも、トルコから民族差別を受けている(意識が広がっている)過去と現在があるため、トルコ国内における民族対立の存在は否定できません。

敵対しあう歴史、屈辱的な歴史が差別を生み、クルドの人々がアイデンティティを強め、お互いに壁を作り、その壁は結果的に差別を生みやすくしてしまったのかもしれません。憎しみの連鎖とはまさにこのことでしょう。

 

 


●私の感想

残念なことはおそらくトルコ国内ですらクルド人を理解している人もあまり多くない印象があります。私自身トルコの南東部のある一定の地域を2度程合わせて3週間程度の滞在なので、全てを知っているとは言えません。
しかし、私がトルコの人々から聞いたクルド人と実際に会ったクルド人(関わったのはおそらく70人程度)とは全く違う印象を持ちました。
私の会った他の外国人全員(13人程度)や実際に南東部に行ったトルコの人々(全員ではありませんでしたが)も同じことを言っていました。

実際に会って対人同士で理解が進めばより友好的な関係が築けるのかもしれません。

そして、それを難しくしているのはもしかしたら、報道の規制にあるかもしれません。

トルコでは政府が報道に対して強い権限を持っています。ギゼパークの大規模デモの際にSNSや報道が規制されました。こういった対応は時に人々の混乱を抑えることに有効かもしれませんが同時に事実を隠してしまう可能性があります。

BBCの報道によると「過去にトルコ南東部におけるクルド人を取材したトルコの記者が2人いたが、その2人は理由は不明だが、取材を始めた直後に解雇された。」
そうです。

 


こういった状況について私のクルド人の友人たちが語ってくれたことがありました。
これについて次回はお話ししたいと思います。

 

 

 

クルド人もうひとつの中東問題 (集英社新書)

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