2022年4月
- All's well that ends well
- William Shakespeare
- 終わりよければ全てよし
- ウィリアム・シェイクスピア
小笠原の帰路、帰りの船のおが丸へ乗る。
自分のブースに着き、荷物を置くと向かい側のブースに泊まる女性と出くわした。挨拶しつつ、行きに一度も会わなかったことを笑いあう。「そろそろ出発かなぁ、お見送り見に行きます?」と女性に誘われ一緒に行くことにした。
この時、小笠原のお見送りがどんなものか知らなかったのだが、周りを見渡すと船内に人が少ない気がする。後で知るのだが小笠原のお見送りは有名(名物)なんだそう。事前に調べないから旅の途中はいつも知らないことだらけだが、人懐っこいのでおしゃべりしながら学び結果オーライ。
デッキから見下ろすと船着き場に人がたくさんいた。仲の良い友人を永遠の別れかのように見送る人達、どこかの宿泊施設の人たちまでたくさんいる。
応援の横断幕を掲げる人たち、コスチュームのように衣装を着てる人たちで賑わう。一緒にいた女性の顔見知りもいたようだ。たった6日間の旅なのに、観光客は皆一斉に東京本土から来て、観光も多く場合ツアーに参加し、一斉に帰るので、この頃には顔見知りが増える。
船が汽笛を鳴らして出発する。船着き場の人たちが大きな声で「●●頑張れよ!」「ありがとうごさました」などとお見送りをしてくれる。この時点で小笠原には実質たった4日しかいないのに、感動してしまう。
船は沖から離れるがデッキの人たちはまだ中に戻る様子が無いので、私も残ることにした。しばらくすると、少し離れたところから10隻ほどの船が出てきた。そこにはツアーや島を散策してる時に出会った見覚えのある人たちが船に乗っている。追ってくる船は私たちの乗っているおが丸にずっとついてくる。そのうち、いくつかの船に乗っている人たちが手を取り合い、高く掲げたかと思うと、大きな声で「ありがとうございました」と叫び海に飛び込む。その後も「ありがとうございました」の掛け声の後、思い思いのアクロバットを披露したあと海に飛び込む人たちや中にはライフジャケットを着たまま飛び込む小さな子供達までいた。
船員たちが飛び込み終わった船は走行を止めて港に引き返すのだが、何十キロそれが続いただろうか。最後の一隻になる頃には見ているこちらの目はウルウル。気づけば周りにいたほとんどの人たちの目がウルウルないし、涙を流している。これはフェアじゃないと言いたくなるほど感動が止まらなかった。これを船の出航の度にやっているのだから頭が上がらない。受け入れてもらったよそ者は私たちなのに、心のこもったもてなしとお礼をしてくれる島の人たちには本当に感謝。
島の人たちは本当に小笠原が好きなのだと思う。移住者がほとんどというのも理由の一つかもしれない。好きで無ければ東京本土から船で24時間もかかるところに移り住みはしないだろう。
有名な観光地で働く人の中には観光客はうっとおしいと言う人が結構いる。観光客は同じ質問を来る日も来る日してきて、ローカルルールはよく知らないし、写真を取りまくって道を塞ぎ、やたらとやかましい。そこから恩恵を受けているのは一握りで、いくら循環すると言われても直に感じられない人たちは一定数いるだろうから理解はできる。
旅好きとしては悲しいが、多少は仕方のないことだとも思う。だから普段は多少不愛想な態度をとられても何とも思わないのだが、小笠原の人たちはフレンドリーでかなり観光客を楽しませてくれる。そして感謝を忘れない。出会いと別れが自然にあるこの島で毎度心のこもった別れで礼を尽くしてくれるのは凄いと思う。
世界でも有数の絶景にいくつも行った。美しい景色を前にした時の感動は旅や新たな感動味わうことが癖になるほど人の心を魅了すると思う。
しかし、また同じ場所に戻りたいと感じる場所にはいつも人がいる。心に引っかかるように記憶に残る場所は特別な人との思い出の地なのだ。
小笠原のファンや移り住む人が多いのは凄く納得。半分エセ関西弁で「ほれてまうやろー!こちらこそありがとうございました!」と叫びたくなるほど素敵な旅になった。
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